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岡山地方裁判所 平成元年(ワ)466号 判決 1991年9月24日

原告

板野順子

被告

善積隆

主文

一  被告は、原告に対し、金二五三万一四二〇円及び内金二三〇万一四二〇円に対する昭和六〇年三月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告が金一八〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二四三万円及び内金一一三〇万円に対する昭和六〇年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

被告運転にかかる普通貨物自動車(広島四五せ六六〇二)と原告運転の原動機付自転車(岡山市ふ七〇一六)が衝突した左記の交通事故が発生した(以下本件事故という。)。

(1) 事故日時 昭和六〇年三月一八日午後七時二〇分ころ

(2) 場所 岡山市中央町一〇番一四号先道路上

(3) 事故態様 被告運転の前記普通貨物自動車が原告運転の前記原動機付自転車の側面に衝突した。

2  被告の責任

被告は、安全不確認等の注意義務違反があり、かつ、加害車両の保有者であるから、自動車損害賠償保障法第三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の損害

原告は、本件交通事故により、左大腿骨骨折などの傷害を受け、本件事故当日から昭和六三年四月一四日まで岡山市内の病院等で入院一一四日、通院一〇一〇日(実通院日数一八日)の治療を受け、昭和六三年四月一四日に症状固定したが、自賠責保険後遺障害等級一二級に該当する後遺症が残つた。本件交通事故による原告の損害は次のとおりとなる。

(1) 治療費 金四二万五六五九円

(2) 入院雑費 金一一万四〇〇〇円

(3) 交通費 金一八万七八四〇円

(4) 看護料 金一〇一万四〇三四円

(5) 休業損害 金九〇〇万円

原告は、本件交通事故当時会社員として稼働しており、月額金二五万円の収入を得ていたが、少なくとも三六か月の休業を余儀なくされた。

(6) 入通院中の慰謝料 金二五〇万円

(7) 後遺障害に基づく逸失利益 金七五七万二一八〇円

原告は、前記後遺症により一四パーセントの労働能力を喪失した。原告は、三三歳の健康な女子であり、前記月額二五万円を基礎に、新ホフマン式計算によつて算定する。

(8) 後遺障害に基づく慰謝料 金一六七万二〇〇〇円

4  損益相殺

原告は、被告から現在までに、治療費及び看護料の全額を含む金八三五万二九三三円の支払いを受けている。

5  弁護士費用

原告は、本件訴訟につき、訴訟代理人弁護士に金一一三万円の支払いを約している。

6  よつて、原告は、被告に対し、3記載の損害から4記載の金額を控除した残金一四一三万二七八〇円の内金一一三〇万円の支払いと5記載の弁護士費用金一一三万円の支払い及び金一一三〇万円に対する昭和六〇年三月一九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3は否認又は不知。症状固定時期は原告の受傷以後遅くとも一年と考えられる。

3  同4については、被告が保険契約をしている安田火災海上保険株式会社(以下、訴外保険会社という。)から、原告に対し金八四三万二一円の支払いがなされている。治療費及び看護料は支払済みである。

4  同5は不知。

三  抗弁

本件交通事故現場は、信号機の設置されている交差点で、被告が自車前方の青信号に従い交差点を直進している(片側三車線の道路の一番左側の車線を進行中)際に、原告が対向車線から右折してきた(被告の進行する車線の右側二車線が渋滞していたため、原告は渋滞車両の間を通つて右折してきた。)ため発生したものである。原告の過失は少なくとも六〇パーセントを下ることはない。

四  抗弁に対する認否

争う。被告は、被告の進行する車線の右側車線(中央より車線)が渋滞していたにもかかわらず、右折車の有無及びその動静に注意せず、制限速度(毎時四〇キロメートル)を超える速度で交差点に進入し、原告の運転する原動機付自転車の後部に側面衝突したものである。また、本件事故後、訴外保険会社の担当者と原告との間で、原告の過失を二〇パーセントとする旨の協定がなされた。これらの事情を考慮すると、原告の過失は二〇パーセントとみるべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1及び2は当事者間に争いがない。

二  原告の傷害と治療経過

成立に争いのない甲三ないし一七号証、二六ないし二九号証、三五号証の一ないし一二、三六号証の一、二、三七号証の一ないし一五、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲三三、三四、三八号証、証人渡辺唯志の証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

(1)  原告は、昭和六〇年三月一八日、本件交通事故により、左大腿骨頚部骨折、両下腿打撲擦過傷創、頭頚部打撲の傷害を負い、同日岡山市立市民病院に入院した。そして、同月一九日、左大腿骨頚部骨折の治療のため手術(観血的整復固定術及び骨筋移植術)を受けた。手術は、筋肉をつけたままの骨を骨折部分に移植し、九センチメートルのラグスクリユー等のプレートで骨折部位を固定したものであり、骨の癒合という面では成功した。原告は、手術後入院を続け、一〇五日間入院した後の昭和六〇年六月三〇日に退院した。

(2)  原告は、退院後の昭和六〇年七月一日から昭和六二年三月三〇日までの間に一一日間同病院に通院し、経過観察を受けた。そして、昭和六二年三月三〇日に再度入院し、抜釘のための手術を受け、同年四月七日に退院した。その後、原告は昭和六三年四月一四日までの間に七日間通院し、経過観察を受けている。原告の骨折は、大腿骨頚部のねじれのある骨折であつて、骨の癒合が悪く、かつ、無腐性壊死に陥りやすいものであり、受傷後三年程度は経過を観察する必要のあるものであつた。経過観察の結果、昭和六三年四月一四日の時点では、無腐性壊死の状態はみられず、医師から症状固定と診断されている。なお、原告は、昭和六一年四月一八日に出産したが、前記の大腿骨骨折の手術後の高度開披制限の影響で、帝王切開による出産を行つている。

(3)  原告の後遺傷害としては、左股の運動制限(<1>屈曲は他動の場合右一二〇度、左九五度、自動の場合右一一〇度、左九〇度、<2>外転は他動自動とも右四〇度、左三〇度、<3>内転は他動右三五度、左三〇度、自動右三〇度、左二五度、<4>外施は他動右五〇度、左四五度、自動右五〇度、左四〇度、<5>内施は他動自動とも右四〇度、左二〇度、<6>伸展は左右とも同じ)、左膝の運動制限(屈曲は他動の場合左右一五〇度、自動の場合右一五〇度、左一三〇度)、下肢短縮(右八一・五センチメートル、左八二センチメートル)、左大腿骨頚部の軽度の変形、左臀部から左大腿外側にかけて長さ二八センチメートル、幅〇・五から一・〇センチメートルの赤紫色線状醜状痕、左股臀部の運動痛が残存している。原告は、自賠責保険後遺障害等級一四級一〇号の認定を受けている。

三  原告の損害(弁護士費用を除く。)

(1)  成立に争いのない甲一八ないし二五号証、乙一ないし三号証、四号証の一、二、五号証の一、二、六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告には治療費金四三万五五六九円、交通費金一八万七八四〇円、看護料(家政婦の傭料)金一〇一万四〇三四円の損害が生じたことが認められる。また、前記の入院の経過及び期間を考慮すると入院雑費として金一一万四〇〇〇円(一日当たり金一〇〇〇円)の損害が生じたと認められる。

(2)  休業損害

原告本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲三〇及び三一号証並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時スナツクにおいて稼働しており一か月金二五万円の収入を得ていたこと、本件事故後稼働ができず症状が固定した昭和六三年四月一四日まで少なくとも三六か月間休業したことが認められる。したがつて、この間の休業損害は金九〇〇万円となる。

この点につき、被告は、原告の通院は単に経過を観察するためになされており、症状固定の時期はもつと早かつた旨主張する。しかし、原告の骨折は大腿骨頚部のねじれのある骨折であつて、骨の癒合が悪く、かつ、無腐性壊死に陥りやすいものであつたこと、無腐性壊死が起こるかどうかについては受傷後三年程度は経過を観察する必要があつたことは、前認定のとおりである。そして、証人渡辺唯志の証言によると、無腐性壊死が起こるかどうかは傷害の生じた時点で既に決まつているとの見解も多数主張されており、経過観察の期間中に長い時間立ち働いたからといつて無腐性壊死が起こる訳ではないとも考えられるが、その原因は根本的には解明さているわけではないこと、無腐性壊死が起こりつつあるときにストレスをかけると骨の腐つた部分が潰れるので、経過観察中の稼働が壊死の悪化を招く危険性があることが認められる。したがつて、無腐性壊死のおそれのある者の経過観察は、症状が固定したかどうかを判断する上で必要な期間と考えるべきであり、この期間を軽視して症状固定時期を早めることは相当とは思われない。また、無腐性壊死のおそれのある者が経過観察中に稼働を控えるのはむしろ当然であつて、この期間の休業による損害は、本件事故による損害として考慮すべきである。被告の前記主張は採用できない。

(3)  入通院慰謝料

原告は、本件事故により、通算一一四日間入院し、入院期間以外に症状固定の時期まで一〇一〇日間を要した。ただし、右一〇一〇日間の内実際に通院したのは一八日であり、通院時にも特段の治療はなされず、単に経過の観察がなされたにすぎない。ただし、原告本人尋問の結果によれば、原告には事故当時五歳と三歳の二人の幼児があり、また、通院中に出産をした(しかも帝王切開による出産)事実が認められるのであつて、本件事故による傷害が、出産や幼児の育児に多大な影響をもたらしたことは否定しがたいのであつて、これらの事情をも斟酌し、原告の入通院慰謝料は金二〇〇万円をもつて相当とする。

(4)  後遺障害による逸失利益

原告の後遺症の状況は二の(3)に認定したとおりであり、原告が自賠責保険後遺障害等級一四級の認定を受けていることも前認定のとおりである。しかし、左股の運動制限に関していえば、屈曲等についてはその運動可能領域が健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているとはいえないが、外転及び内施については可能領域が四分の三以下に制限されているし、原告本人尋問の結果によると、原告は椅子から真つ直ぐ立ち上がること、和式のトイレを使用することもできないといつた日常生活上看過しがたい影響を及ぼしていることが認められる。更に、左膝の運動制限、下肢短縮、左大腿骨頚部の軽度の変形、左臀部から左大腿外側にかけて醜状痕、左股臀部の運動痛が残存しており、これらは運動痛を除けば、そのひとつずつは自賠責保険後遺障害等級の各基準に達しないものの、これらを総合的にみると、原告の運動あるいは稼働能力は相当程度減退しているというべきである(少なくとも、本件の後遺症のために、原告がスナツクにおいて稼働することは事実上困難となつたといえる。)。原告の後遺障害の程度は自賠責保険後遺障害等級の一二級に該当するとまではいえないものの、それに近い程度のものであつて、原告の労働能力は一二パーセント程度喪失したとみるのが相当である。

そこで、原告の年齢、従来の収入等を斟酌した上でその逸失利益を計算すると、金七〇三万九四四〇円となる(症状固定時三三歳の新ホフマン係数は一九・五五四であり、二五万×一二×〇・一二×一九・五五四)。

(5)  後遺障害に基づく慰謝料

(4)記載の事情からすると、その慰謝料は少なくとも原告主張の金一六七万二〇〇〇円を下回ることはない。

四  過失相殺

(1)  成立に争いのない甲一号証、二号証の一ないし五、原告及び被告本人尋問の結果によると、本件事故について次の事実が認められる。被告は片側三車線の国道(二号線)の一番左側車線を普通貨物自動車を運転して直進し、本件事故現場である交差点にさしかかり、対面信号の青色表示に従つて時速約四〇キロメートル毎時の速度で同交差点に進入したこと、被告の進行する車線の右側の二車線は渋滞しており、交差点内に自動車が列をつくつて停止しており、被告車両の右側の見通しは悪かつたこと、原告は被告と対向する車線を原動機付自転車を運転して同交差点に至り、青色信号に従つて交差点を右折しようとしたこと、その際原告は前記渋滞停止中の車両の間を通つて、原告の左側の状況(被告の進行する車線の車の状況)をよく確認せずに右折を始め、右折中に交差点内において被告運転車両の左前部が原告運転車両の左側後部に衝突したことが認められる。

以上の事実を前提にすると、本件事故に対する原告と被告の過失割合は各五〇パーセントとするのが相当である。原告は、被告の過失が八〇パーセントである旨主張するが、交差点では直進車が右折車に優先することは当然であつて、原告が渋滞車両の間をぬつて右折する以上対向車線の進行車(片側三車線の道路であれば、三つの各車線上を進行する車両)の動静を十分確認すべきであつて、これを怠つた原告の過失は重大である。

他方、被告は、対面の青信号に従つて交差点に進入しており、直進優先の原則どおり進行している上、その速度も制限速度程度であつたのであるから、その過失を大きくとらえることは困難である。原告車が原動機付自転車であること等の事情を斟酌しても、本件事故における原告の過失割合を五〇パーセント以下にみることは困難であり、原告の主張は採用できない。

(2)  なお、原告は、被告の過失割合を八〇パーセントとみる旨の協定がなされた旨主張するが、本件全証拠によるもそのような事実は認められない。仮に、訴外保険会社の担当者がそれに類する発言をしたとしても、裁判所がそれに拘束されるいわれはない。

また、原告は、本件事故の態様につき、交差点を右折した際、被告進行道路と交差する形で設置されている横断歩道付近を進行していたとき、被告運転車が原告運転車の左側後部に衝突したのであつて、被告の過失は大きい旨主張する。しかし、原告本人尋問中の事故態様に関する供述は、前掲甲二号証の一及び二、被告本人尋問の結果に照らして矛盾が多く措信しがたく、原告の主張どおりの事実を認定することはできない。また、仮に、原告の主張事実が認められても、前記過失割合の認定に影響を及ぼさない。

五  損益相殺

弁論の全趣旨によれば、訴外保険会社が原告に対し金八四三万二一円の支払いをなしたことが認められる。

六  被告の支払うべき損害額

(1)  以上によれば、本件事故により発生した原告の損害は、金二一四六万二八八三円となる。被告が負担すべき損害は、過失相殺をした残金額であるので金一〇七三万一四四一円となる。

同金額からすでに支払い済みの金八四三万二一円を控除すると残金は金二三〇万一四二〇円となる。

(2)  本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金二三万円と認められる。

(3)  結局、被告は、金二五三万一四二〇円の支払い義務を負うことになる。

七  よつて、本件請求は、以上の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱につき同条三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山名学)

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